地域のマンション情報手引き

不動産担保融資の始まり

2011.10.07

もともと不動産(土地、建物)のみを担保に融資を行なうようになったのは昭和の始まったばかりの頃、昭和五(一九三〇)年のいわゆる「昭和恐慌」ののち、農地を担保に日本勧業銀行が融資を行なったのが始まりだ。いまではポピュラーになった住宅ローンを民間銀行が商品化したのは、やっと昭和三〇年代になってからだ。保有する不動産を担保に金を貸すことはあっても、これから買う不動産を担保に融資するなどといった考え方はあり得なかったし、まして金持ちでもない個人に銀行が融資するような発想はあり得なかった。不動産担保融資は歴史の浅い金融商品であるが、バブル期にこの商品はグロテスクに姿を変えた。金融機関は単に融資希望者から依頼を受けて融資をするだけではなかった。金融機関自身が不動産所有者を説得し、物件の売却を承諾させ、今度は買手を探して不動産売買を斡旋して購入希望顧客にそれなりの金利をつけて金を貸し付けるという形になった。これで銀行は融資額が増え、利息を得るだけでなく、売却者から売却代金を預金させて融資金に見合う額を回収できる。さらに不動産売買手数料が銀行配下の不動産会社に転がり込む。グループで二重三重のメリットを享受できた。銀行が実質的に不動産屋も兼務したのである。しかし、これがのちに返済金が焦げ付いた融資先から「必要もない不動産物件を融資付きで押しつけられた」といわれ、金融機関が責任を追及されることになった。バブル期の不動産融資の姿勢によって、いま、金融機関の業績はくっきりと明暗を分けている。中には、不動産担保融資そのものを厳禁した銀行もあった。ただ、バブル期には不動産担保融資に消極的な銀行は「馬鹿」「時代遅れの銀行」「堅すぎて融通の利かない銀行」とけなされてきた。ところが、いまでは「堅い銀行」「安心して預金のできる銀行」「世の中の流れに流されない銀行」と評価がガラッと変わってしまった。世の中はいい加減なものである。

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