考えてみると、日本の伝統家屋の、家具や物が全くない単純な美しさも、根本的にはこの世を仮の世とする美学に通底しているのではないだろうか。日本の伝統家屋といってもさまざまだが、その一つの典型である“サムライ”の家は、つねに死に向かって開かれているのを理想としたらしい。ぼくはとてもこういう家には住めないし、ましてそんな家を人様のために設計する気にはなれない。世捨て人的な文人墨客も、潔い武士たちも、現世への執着を捨てた点で、半ば聖人であった。
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しかし、悟りすました聖人ではなく、現世への執着を捨てきれない俗人、凡人たるぼくたちの生は、どうしようもなく物と交わり、物に支えられることで成り立っているのではないだろうか。