地域のマンション情報手引き

エライ人とイロリ、コタツの関係

2011.11.18

天皇やお殿さまがイロリに当たったり、コタツに入っていたんじゃサマにならないからか。それが直接の原因ではないと思うが、そういう光景がサマにならないことは誰でも分かる。日本の人なら誰でも分かるが、しかし、外国の人にこのことを分かってもらうのは至難のわざだ。こう書いていると私も、どうしてエライ人とイロリ、コタツのイメージがつながらないのかについて以下に続けようとして、筆が止まってしまった。一休み。その間に、皆さんも考えておいてください。

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イロリやコタツのルーツをたどると、まず草葺きに土間の民家にいたり、さらに遡ると縄文時代の竪穴式住居にたどり着く。真ん中に炉があって、周囲に人のいる一室住宅。厚い草葺きの屋根は防寒性に富み、スキマ風の入るような壁や板敷きもなく、土間は地温で0度以下には下らない。後の民家のガランドウの大空間のイロリとちがい、竪穴式住居では密閉性の高い狭い空間の中央で火が燃えているのだから、部屋全体が暖かくなる。縄文時代には暖房があったのだった。しかし、やがて、南方系の高い床の形式が日本列島に入ってくる。鉄や水稲耕作といったより進んだ文化とともに高床式住宅が入ってきた。現在の考古学の知見によると、中国南部の揚子江(長江)流域から海を渡るか、朝鮮半島南部を得るかして来たと推測されている。そうした南方起源の高床式の住まいは、日本の冬には、とりわけ冬の寒い地方には適さないにもかかわらず、上層階級に支持されるようになる。竪穴式にくらべ高床式の方がより進んでいるとはいえないにもかかわらず、水稲耕作や鉄といった高度なものと組で入ってきたがゆえに、より進んでオシャレな形式と思われたのだった。そして、イロリもコタツもない高床系が天皇をはじめとするエライさんの住まいとして定着し、発展し、天皇の寝殿造りや武家の書院造りを生み出してゆく。