「水のガラス」は、水とガラスを等価なものとして捉え、すべての要素を透明化することをもくろんでいることになる。いいかえれば、ここではすべての要素を抽象化しているといっていいだろう。この透明化、あるいは抽象化の意味するものは何か。さまざまな見方があると思うが、私はそれを、時間の「非時開化」だと考える。なぜならば、水やガラスは、木や鉄やコンクリートといった素材と異なって、時間を刻まない素材だからである。木も朽ちるし、鉄は錆びることで時間の経緯を表現するが、水やガラスは概念的には変化というものをしない。
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そこには、それを使う人間の、経験や身体性はほとんど投影されることがない。つまり水やガラスに記憶はないのである。水やガラスという透明な素材には、そもそも非時間性、すなわち永遠性にかかわるようなイメージが最初から内在化している。